昭和41年06月10日 朝の御理解
三代金光様の御教えの中に、神が与えた寿命を頂き通す氏子が少ないと。神様が与えて下さったその寿命というのが、その寿命を頂き通す。例えば百まで生きる寿命を頂いておりながら、自分の不摂生のために、いわばわが心から八十で亡くなったり、七十で亡くなったりすると言う様な事がありますね。それを神様が下さろうとする、一人ひとりの氏子に下さろうとする幸せ幸福というか。おかげを頂き止める氏子が、もう本当にごくごく少ないという事も言える訳ですね。
神様が一人一人の氏子に、下さろうとしておるそのおかげを、頂き止めれる氏子が、本当に少ない。そこで私共の願いとしなければならない事はです。ね。神様が私共一人ひとりの上に幸福を願って下さり、おかげを下さろうとしておる、その願いを願いとしてです。本当にそれを私共が、頂きとめさせて頂けれる願いを起こさなければならないという事。ね。神様が例えば、大坪総一郎に下さろうとしておるそのおかげをです。真実それを頂き止めさせて頂いてこそ、初めて神様のお喜びだと言う事になる訳です。
やろうと思いよったばってんが、とうとうあれが貰いきらじゃったと言うて、がっかりさせたり嘆かせたり、神様をする様な事であっては、相済まんわけでしょうが。そこで私共の、いうなら願いと言うものがあまりにも小さい。あまりにもこまい。ね。しかもこまいその願いでも、成就になりゃ良いけれども。その小さい願いでも成就しない。つまらんでしょうが。ね。
そこんところを、私は神様の願いというものが、私の上に皆さんの一人ひとりの上に、成就していくようなおかげを頂くために、どういう信心をさせて頂いたら良いかという事になるのですね。先日の八日の青年部会に、お互いが好き嫌いがあると、ね。その好き嫌いがあったんではです。おかげにならん。例えば人間でも、あらどうも虫の好かん人だと、ね。だからその人のおかげの頂けれる世界と言うものを、それだけ狭くするわけなんです。世間を狭うするわけなんです。
もうあればっかりは顔見るとも好かんと言う様な事になったら、もうそこだけおかげの世界がです。もうこまくなる訳なんだと。ね。こまくなるだけなら良いけれどもです、そこからおかげが漏れるから、小さい願いも受けられんちいう事になるでしょうが。ね。例えばなら食べ物でもそうです。ね。あら好かんこら好かんと言わずに、やっぱ頂ける私になった時に、私は何をかにを頂いても、美味しいと言う事になる。ね。
それを本当に苦虫をばし、噛むようにして頂かんならんと言うものであったら、もうそこに地獄がある。何を食べても美味しいと言う所に極楽があるでしょう。色でもそうです。ね。私の例として、私はあの嫌いであった色が好きになる。もうこれは嫌いであった色が嫌いになるという事でもない。それはそのまま、やっぱ好きは好き。けれども今まで一番嫌いであった色が、私は大変好きになっておると言う様な事実。ね。嫌いであった花がです。いや花と認めてもいなかったような花がです。
この頃は認められるようになり、好きになり。いわば私の嫌いな花がなくなっていくというところにです。私のおかげの世界が広うなっていくのでございますから、ね。だから、そのための精進をしなければならん、努力をしなければならない、と言う事と同時にです。神様の心を心としての私共。神心にならせて頂くという事がです。あの氏子は好かん、この氏子は好いとると仰るようなことはない。いやむしろ屑の子であれば、屑の子であるほど可愛いと仰るのが神様のお心。
普通人間から爪はじきをされる。もうあんな人間なもう相手にせんと言われる程の人間であれば、成程神様は可愛いと思し召すのが、親心であり神心なのである。ですから私共の心からです、神心が段々強うなっていくと、今まで好かんじゃったと言う様な人間でもです、ね。またそれを好きになる努力をさせて頂くところから、好きにならせてもらえれるおかげ。私の周囲から嫌いなものを、全部無くしていこうと言う、そういう精進がです、おかげの世界を大きくするんだと言う様な御理解を頂いたんですよね。
ですから嫌いなものがあるならばです。その嫌いなものの好きになる精進が大事。同時に精進と同時に自分の心が、神心に一歩でも近付かせて頂く事によってです。ね。人が爪はじきする様な人でも、こちらから本当に抱擁してあげたいと言う様な心すら、段々出来てくるという訳ですね。例えば好かんなら好かん、もうそれだけで良かりゃ良か。もう好かんものは好かん、と摘みきるように言わずにです。それで良いんです。
けれどもそれでいいけれども、そういう心をそこからおかげがなら、漏れることになるのですから。結局私共の小さい願いでもです。その私共の小さい願いですらが、それでは成就しないという事。ね。それよりも本当に神様が下さろうとしておる命を頂きとおせる。生きたくば信心して長生きをせよと仰る。だから金満家になりたいと思えば、信心して、金満家になれよと言う事にも通じるのである。命だけではない。私共に下さろうとする、その幸福そのものがです、ね。
私共がそれを頂きとめさせてもらって、初めて神様も喜んで下さり、私共も幸福な一生として、またあの世までも持っていけれる徳を頂いていくことが出来る。この世にも残しておくことが出来る。私は昨日、秋永先生が、昨日からもう、面接が出来るほどにおかげを頂いておるそうです。だからもう面会謝絶と言う札が、まぁ取れているわけでございましょう。何しろ頭のことでございますから、大事が上にも大事をとって、今まであの面会謝絶でございましたけれど。
もうぼちぼち、皆さんもお見舞いにおいでられる方は、お出でられても会いも出来、お話も出来るということではなかろうかとこう思います。その事をお礼を申させて頂きよりましたらですね。秋永先生が、もうそれこそもう大きなその鯛がですね。もう生きたようにしておるですもん。その生き鯛のような上にですね。ちょうど大黒様があの米俵の上に座ってござるようにですね。鯛の上に船のような鯛にですね座っておる。秋永先生ようと見たら恵比寿様ですもん。
私の事を大黒様と言うて表現して下さり、秋永先生のことを恵比寿さんと言うてから、表現して下さるですね。もう十五六年も前のことでした。私が福岡で修行中の時分に、毎日通うて来よりました時分にですね。そんなお知らせを頂いたことがあってですね。お恵比寿さんがこうやって鯛を釣りよる。そら恵比寿さんの竿をかたげてござるのですけれど。鯛を釣りよる。そして段々おかげを頂いてです。一匹一匹釣るようなことをせずに、横においてあるびくですね、魚を入れるびくです。
びくの蓋を取ってさえおけばです。鯛の方から飛び込んで来る様なおかげにもなるぞと言う御理解を、秋永先生が頂いたことがございます。もうその鯛を釣りよる、そこの周囲じゃもう大きな鯛がもう、ごちゃごちゃ泳ぎよるとですもん。そこでその竿をたれて、一本一本こう釣り上げておる。これじゃないこのびくさえ開けとけば、ね。びくの蓋さえ取っておけばこの鯛が自分から、いわば飛び込んで来る様なおかげ。いちいちどうぞどうぞと言うてお願いをして、おかげを頂くおかげよりもです。ね。
神様が願わんでも頼まんでも、神様の方が先回りをして、おかげを下さるようなおかげを頂けよ、お徳を受けよと言う事だと私は思った。その時。ね。その時のことを、私は色々思わせて頂いたんですけれどね。その大きな鯛の上に座っておる恵比寿さんを頂いて、ははぁけれどもこういう大きな鯛の上に、いわば胡坐をかいておるだけじゃいかんなと、おかげの上に。大黒様ならいざ知らず、ね。大黒様ならば俵の上に胡坐をかいてござっても、まぁ良いんですけれど。
恵比寿さんがこの鯛の上に胡坐をかいとったんじゃいけんな。神様はこの鯛を横抱きにこう抱けれるだけの力を、受けよと言うておられるんだなと、私は思うた。ね。恵比寿様は、必ず、大きな鯛を、こう横に抱いてござるでしょうが。ね。あれは右ですかね。左側に、こう抱いてござる。そして右側に竿をかたげてござる。そういう力を受けよと言うてござるのです。そういう働きがいうなら十五年間の間に、秋永先生先日総代会の時に、高柴さんが言うておられたように。
今度秋永先生が事故にあわれたのが、これで二回ですなと言うて。そうですなもう神様の本当にあの、一つの白羽の矢でも立つと言う様な人は違います。神様はやっぱさせなさる修行を、と言うてまぁ話した事でございます。ね。ですから本当にお気付けの一つも間違うたら、ピシャット頂ける位なやはり信心を頂かなければ駄目だと。もうどげんお粗末でも御無礼でも、お気付けも頂けんごとなったら、もう大体もうありゃ仕様なかというならば、神様もさじ投げてござる様なもんだと思うて間違いないです。ね。
その力を頂かせて頂かなければならん。ね。鯛を横抱きに抱かせて頂けるだけの力。竿ばかたげておいておいても、このびくにびくですね。魚かごの蓋が取ってありゃ、それに飛び込んで来る様なおかげを頂かせて頂くために、私共はいよいよ、先ほど青年会の方たちが頂いた、あの御理解のようにいよいよ、自分の心が豊かに大きゅうならにゃいけない。あら好かんこら好かんと言った様な世界から、本当にあの人も良い人この人も良い人と、ね。あの色も良いけれども、この色も良いなと。
もうあげな花はふるふる好かんと、言った様なものじゃなくてです。もう私共が周囲に、もう一切が立派なものであり、有難いものであると言う風になってこなければ、そのおかげというものは、本当のおかげになってこない。神様が下さろうとする幸福は、頂きとめることは出来ない。昨夜私は、家内の父の四十年祭を奉仕させて頂いた。久富先生と、(?)に奉仕して頂いた。おかげを頂いたわけです。昨日家内と二人で、お供え物を買いに久留米に参りました。色々まぁいろいろな事がございました。
第一私があちらで、買い物させて頂きよるうちに、ほんな昨日デパートが休みだったんですね。それであのタイホウまで参りまして、あそこを二階からこう回ったけど思うものが無かった。下へ降りたころから急に身体がきつくなりましたね。もうとにかくあの高橋さんが、昨日現場でしたからあっちの車で、やらせてもらったんですけれども、もうじっとしておられんぐらいきつうなった身体が。それでとにかくあの私を早う連れて帰ってくださいと言って、買うものも全部買わんなりに帰ってきた。
ちょうど現場を見て頂く所があるけと言うけど、もうとにかく私をここで降ろして下さい。家内だけ連れて行って見せげ行って下さい。それで私はここで途中下車してから、もうそのまま休ませて頂くほどの事もあったけれど、色々御霊さんのの働きを感じておった、頂いておったと私は感じました。まそんなわけでささやかではございましたけれども、まぁ家族中で奉仕させて頂いたんですね。
ところがあの、昨日は楽を私が入れませんでした。あれは御霊様のお祭りにはですね。肉親のものが奉仕しないという事の、しきたりがあるんですよ。例えばお父さんの御霊さんのお祭りを、私が仕える訳にはいかんと言うわけです。ね。そすと楽員も同じ事でなからななりませんから、まぁいうなら孫に当たりますからね、家の子供達は。孫が楽をしたんじゃいかんからとこう思うて、あの楽を入れませんでした。やはり楽がないとこう淋しいですね。一つのリズムが無いから、お祭りが調子よう行きません。
淋しゅうなってしもうたな。これは例えば、中村さんたちやら、みんなにお願いしとけば良かったと思ったくらいだった。それで御霊様の前に、あの玉串奉らせて頂く時にです。そんなことをほっとこう思わせて頂きましたらですね。もうなんと申しましょうかね。もうそれこそ私は夕べ、それをオレンジムードだと、こう申しましたけれど。私が一番いわば嫌いであった色が、あのカーキ色だったんです。もう私がこれは一番色の中で嫌いな色だったんです。もうあげな下作か色と言った様な風に感じておった。
ところが今私のは、そのカーキ色が一番好きな色になったんです。だから椛目の色はカーキ色にすると、みんなが言っておるくらいです。あの御造営、造園のあの腕章でも何でも、だからあの大体はカーキ色で作るはずだったんです。あんな色になったんですけどね。大体一番嫌いな色だったのが、今では私が一番好きなった色になった。いわゆるあの橙色なんです。もうそのいわばなんとも言えんその、こう暖かい色でしょうが。橙色と言う色が。ね。そういうそのオレンジ色のですね。
もう何かこう湯気が立ちこめたような、いわゆるそのオレンジ色のムードの中にですね、もうはっきり父の姿を頂いたんです。本当に今人間の感覚で言うとです。やはりお祭りを盛大に、いわば楽でも入れてしたら、なるほど気分は良いけれどもです。決してそうではないと言うて、私すんだ後に皆さんにご挨拶させてもらう時に、話したことでございましたけれど、ね。これは私ちょっと忘れましたけれど、ある教会の先生がです。三年間そのお父さんの、御霊様のためにですね。
三年間夕食の奉仕を、全部作らせましてですね。その三年間奉仕されたち言う。そら勿論わざわざじゃなかろうけれども、今晩頂くその夕食をです。ちゃっとそのお膳に乗せてですね、こう三年間奉仕をし続けられた。ちょうど三年目にですね、その御霊様とお話が出来られるようになったと、いうお話を聞いた事があるです。だからこれは私の想像だけれどもと言うて話したんですけれど。恐らくそげんいつもかつも、大変お御馳走があるというわけじゃない。
もう今日は本当にお茶漬けでと言った様な時もあろう、あったろうと私は思う。今日は済みません冷やご飯で。ばってんお茶を濃い濃いとして、お茶漬けにしましたから。お漬物が美味しいから、今日は一つ茶漬けであっさり頂いて下さい、と言った様な思いを込めてです。の時もやはりあっただろうと。必ずお刺身つきで、お吸い物つきでと言う事だけが、御霊様が喜びなさるのじゃない。その思いなんだ。その真心なんだ。ね。冷やご飯でもいいのだ。ね。
それをろくそな事にせずに、例えばせめてお茶でもいわば、濃い濃いと、ね。お漬物の美味しいのに、味の素の一振りでも振って、もう今日はもう茶漬けで、漬物だけは美味しいから、漬物召し上がって下さいと言った様な、それこそ生きるもの、生きておるものに接するような思いでです。私はなさったのじゃなかろうかと、これは想像でございます。ね。それは三年間続けられた。時に御霊様とお話が出来るようになったという事。これは、私は十これも六年、七年にもなりますか。
もういよいよ困迫しておる時代でした。ちょうど、十何年前の夕べです。ね。物を買うて言うてもない時代でしたけれども、私あの父の母の家内の父の御霊様の霊祭の時には、必ずもう、びわのお供えをさせてもらった。もう亡くなる時にそのびわを頂いたそうです。もうそれが日本一に美味しいもんだ。美味しい美味しいと言うて頂ながら、亡くなったと言うその事を聞いておりますから、そのびわだけは、私が必ずお供えさせてもらう。昨日一昨日でしたか、熊谷さんが、沢山ひわをお供えくださった。
ははぁやっぱ神様ま、ひわとびわとは同じ様なもんですから、まぁ神様のお働き頂きよるなぁと私は思うた。もう昨日はそれも沢山盛り合わせてから、お供えさせて頂いた。買わせて頂いたびわも、一緒にお供えさせて貰うたが、十六年前のその時には、もうそれこそ私の全財産を打ち振っても、この位なびわがトンオ(十)ぐらいしか買えなかった。それでも私は、それを買わせて頂いてから、その晩家内と二人でその心ばかりの、御霊様へのお祭りをさせて頂いておったと。
私はあの晩から神様とお話しが出来る様になりました。十六年でしたか、その前のちょうど夕べです。ね。一生懸命の真心と思いと言うものは、ね。必ずその形の上にこうしなければならないという事は無いでしょうが。それこそ私はお茶漬けでも良いのであり、ね。言うならびわトンオ(十)ででも、御霊様の心を動かすことが出来るのだ。神様に喜び頂くことが出来るのだということを感じます。ね。どうぞ一つ、皆さんおかげを頂かれまして、一つ神様が私共の下さっておる寿命を、頂き通す氏子が少ないと仰るように。神様が下さろうとしておる、いわば幸福をです。
私共が頂き止めんなりに、しまうような事であっては相すまん。せめてどこまでそれを頂けるかは分からないけれども、それを頂かせて頂くために、いよいよ受け物を大事にさせてもらわなければならない、ね。大きゅうならなければならない、と言う事と同時にです、ね。一つ私がそれを、青年会の方達が頂いた御理解の一部を聞いてもらって、こうなからなければならんと言う事を申しました。秋永先生のことを頂きましてです。お上に胡坐をかいとっちゃつまらん。ね。
そのいわば大きな鯛を、横抱きに抱けれるだけの力を頂かなければならない。ね。だから力を頂くためには、どういう修行させて頂いたらよいかと。ね。お気付の一つも頂けるぐらいな、一つ信心させてもろうて、ね。お気付けのたんべんに、難儀なら難儀のたんべんに、力を受けたなぁという様な、力を受けていかなければならない。どういう難儀であっても、難儀と感じんだけの、どういう大きい鯛であっても、横抱きに出来るくらいのおかげを頂かなければならん、と言うことも申しました。ね。
最後に真心真心一つで成就すると仰る。それは御霊様へだって神様だって同じ事、ね。お茶漬けいっぱいででも、神様を動かすことが出来る、ね。トンオ(十)のびわを買わせて頂いてでも、御霊様とお話し合いが出来るくらいなお喜びを、感動を受けることが出来る。ね。いよいよ真心の限りをです、追求していかなければならん。ね。まぁだ他にもございましょう。神様が下さろうとするおかげを頂くためのです、信心とはまだ色々ございましょうけれどもです。
先ず私共の心の中から、嫌いなものを無くしていこうという精進。ね。力を受けさせて頂くためにはどういう信心。本当に私共が真心にならせて頂くための、そういう様な信心からです。私は、神様が下さろうとするところの、おかげを頂き止めることが出来るのだというふうに、確信致しております。どうぞ皆さんそういうそ真に添うての、ご信心であるかどうか一つ確かめてみて、ね。本気でそこんところのおかげを頂いていかねばならんと思いますね。
どうぞ。